フブキvsチコ戦

盟友とて同胞とて、牙を突き立てるなら一時であれ 敵には違いない
眼前に武具をそなえ現れるからには
打ち合うほかに語る口、持つことあたわず



唸る槍と棒の交差は続く

互いの獲物は2メートルほどの鋼
片や突き殺すための武器であり、対するは修験の具 棒である

その射程は棒側が勝る、棒使いは槍使いにくらべておよそ30センチは長身
鍛え絞られ 引き締まった痩躯のそれは、手中の使い込まれた長柄によく似ている
振りぬかれ伸ばした手に握られた棒 それから繰り出される打撃は有に4メートル近い殺傷距離を誇った

音を引き裂いて疾駆する長柄棒を迎えるは、その自重 実に60キロに達する豪槍である

切っ先に装甲竜という、竜の鱗を研磨し矛先としてしつらえたその先端は
強度は金剛石をはるかに超え、火で炙られようと溶けず いかなる鋼鉄の質量をも上回っている
しなりに耐えられる高硬度と柔軟性を併せ持つ、3重構造の鋼で作られた朱色の柄が高速で回転し

赤い円を描いて 眉間を穿ちに飛んできた棒の先を叩いて逸らす


これほどの質量武器に叩かれては、鋼であれなんであれ
棒は砕けて散る以外に結末は存在しない

しかし、この使い手の技巧は未だ得物を砕かせない
彼にとって武具は腕の延長そのものなのだ、力を流し収めるは棒術の最も得意とする技
この程度の芸当は驚くに値しない

右手の中で滑るように滑走した柄が急速に斜め落ち、位置を地面スレスレに落とし込むと
豪槍が叩いた力がそっくり込められたまま、しなるように元の位置に跳ね上がり
棒の先端がまるでドアをノックするように 槍使いの鳩尾を叩いた



派手に吹き飛ぶわけでもなく、ただ真後ろに引っ張られたかのように下がった槍使い
黒髪を後ろ頭に纏めた角付の少女、フブキの思考は困惑に満たされる



なんだこれ なんだこれ



息が出来ないのである

口から漏れるのは空気の漏れるような音だけだ


人間の少女を模した肉体に変質しているとはいえ
その本来の体躯は、全長100メートル重さ1680トンの 4本足で大地に立つ陸竜である
装甲の名を関されるほどに強固な鱗は、その手の竜麟槍が矛先そのもので全身を覆われた存在だ

まだ若く小さいフブキのそれですら、生じかの打撃は一切効果がない
人型になっていようと皮膚は鱗をそう変質させただけのもの
人肌特有の柔らかさはあっても、一度打撃を加えられれば表層以下は装甲麟の強度そのままである
こんなノック同然の衝撃で有効打に至る筈がない

しかし現実はただ、打ち据えられる その身が表す通り


槍を使い、自身の鱗で出来た腰アーマーと申し訳程度の防刃帯
そして騎士らしく見えるようにと盗んできた足甲を身につけ
しかし彼女はあくまで竜である、知識として仕込まれた人型の戦い方のそれは
教えた先立の教師達ですら、あくまで種族的な身体能力に頼ったもの

全てはいかに力を込めて槍を振るい、素早く突き…相手を破壊する ただそれだけの技だ
足運び、重心移動はあっても武術というには程遠い
二足歩行生物がその長い歴史で積み重ねた戦闘技巧を前に、歴史浅いそれは ただの棒振りである


息ができない、口も肺も呼吸を求める

全身に残った酸素とエネルギーが体をどうにか動かしているにすぎない
繰り出される流水のような連撃に対応するには 全てが足りない

相性は最悪といえた、これがフブキよりさらに大型の「重巡洋艦級」ともなれば
同じ150センチ程度の人型姿であってさえ、こうもいいようにされることもなかっただろう
脳裏によぎるは、ハトコのいけすかない姿である 200メートルを超え、フブキの10倍の重量を持つ姿

自分にそれだけの体躯があれば、こんな人間を真似て 惨めに人の武器など振るう必要はなかったのに

悪態をつこうにも、声も出すこともできない
呼吸が戻るまでの僅かな時間、それが…眼前の棒使いが味方でなければ
自身に残された最後の瞬間であることを

フブキは認めなければならなかった




棒使いの青年、チコは 彼女に打撃がなんら効果がないであろうことを十分に理解している

赤毛の魔法使いを襲撃したとき、後をつけられていたのは気づいていたし
その後に彼女が赤毛を襲ったとき、様子をこちらもまた 伺っていた

同じ剣の陣営、ギルドクランの野営地も隣で 話もするし…時折夜営の飯釜を囲む仲である
その正体が人でないこと、少女のスペックは大体把握している

自分が食らえば即死の一撃をもらっても、呼吸が乱れるだけという理不尽な防御力
小さな体躯から迸る力強い膂力のそれは、ただ殴りつけただけで人間の五体を四散させうる

いわば暴風圏5メートル 渦の中心148センチの竜巻だ

槍の先端は突けば音速超過の黒光となって「必ず」急所へ突き進む
恐るべきである、人間の限界を遥かに超越した身体能力から繰り出されるそれは
ただ振るうだけですら致命的な一撃なのだ、それでいて体は小さく俊敏さを失わない



だからこその 弱点である


力の強さはそれだけに重しを置かれた体術が全てを物語っている
よほどの相手でないかぎり彼女は本来「急所を狙う必要はない」のだ
掠るだけでも重症を負わせうる攻撃力を前に小手先の技など必要ない

人間型で人間型を倒す場合、急所が有効であるという先入観に陥りすぎだ

一定のリズムで放たれる致死舞踏の数々は直線と曲線を使い分け、素直で美しい
視認困難な速度で疾走する死棘の槍は、死を奏でる指揮者のタクトそのものである

彼女なりに修練したのだろう、高度に洗練され絞り込まれた攻撃パターンはおよそ5セクト
武技の型にして、たったの5つ 修羅を相手にこのアドリブの少なさは 致命を通り越して自殺的だ
武の型とは、何も理由無く沢山あるわけではない、相手に手の内を読ませないために
自分は好きなことをして、相手に好きなことをさせない その点に意味がある


丸見えだ、何をするのか


小さな体に再び棒の先端が刺さる、加減はない 必要ない

貫突であるが、これは先ほど彼女の薄い胸板をノックした一撃と同質のものだ
いわば「透かし」である、打撃そのものは効果がないなら 内部に直接ダメージを与えればいいだけの話
内孔の原理を応用した、衝撃を伝播させるあくまで技巧の技である

魔法などいった無粋な術は必要ない、棒一本 体ひとつで魅せる絶技の一


頑健な体は逆に力が逃げる出口がない、今頃フブキの内臓は揺さぶられ 息をするのも苦しい筈だ
それは何時も何処か掴み所の無い、悪く言えば仏頂面の表情が僅かに歪んでいることが示している

幼すぎる体の体積はこの「透かし」を受け止めるには絶対的に体格が足りない
肉が薄すぎて、一撃が通りやすいのだ 防御力が仇となり 小柄さが技の浸透を早める

彼女の乱れた呼吸を更に崩すように、肝臓があるべき場所を狙って 鋭い棒の石突が延びた




こと戦闘技巧に関して、チコのそれは完全に優越している
有効打を何一つ入れられないフブキとの差は決定的だ


既にフブキに打ち合いを始めた頃の俊敏さは無い

彼女の呼吸が持ち直す、そのタイミングを測って打ち込まれる鳩尾や心臓を狙った打撃
明らかに無力化を狙った技巧の静謐さに反して、冷静さを失いつつあるフブキ
視界を埋め尽くす、生き物のように跳ね回る棒の軌跡を追うことがやっとである

しかしそれを、なまじ追えていることが 彼女にとっての不幸であった
すなわち追えるからこそ、フェイントにかかっているのだ

それはチコの予想を超えている部分でもある

未だ道半ばであると言っても、練達の極に近い棒術から繰り出される連撃
それを本来目で捉えることなど不可能に近い
あえて不規則に 蛇が首をもたげるかのごとき棒の先端は、音の壁を突き破っている

慣れてきたのは確かだ
全身を襲う酸素の欠乏に加えて、少なくない大振りの直撃までもらっている視界は霞みだしていた
意識と五感の全てに至るまで、その人外の知覚能力を失った訳ではないのだ


竜種の感覚は通常の生物の数倍から数百倍と言われている
視力は昼間でも星が見え、嗅覚は種によっては犬を上回る

元々大型陸竜のフブキはお世辞にも感覚が鋭いとは言いがたい
しかしそれも竜種の中では…の話だ

そして目も鼻も大して鋭敏でない装甲竜が、他の種を圧倒している知覚能力が1つだけある


聴覚


すべからく、物体が動けば空気なり地面なりが振動する
それは音であり、空気を伝わり地面を通過するそれを選別して知覚する能力をソナーリングという

フブキの故郷は砂漠だ
彼女らの種族は本来、砂漠で「砂に潜って獲物を待つ」狩猟生態を持つ
目も鼻も砂中では意味が無い、長い時の中で 最も発達した五感の一、それが聴覚である


人型を取るようになってからというもの、視覚に意識を向け気味なフブキであったが
なまじ目が霞んで攻撃が見えなくなったことが功を奏し
自らの種が持つ本来のセンシング能力を取り戻し始めたのだ

その聴感は数キロ先の流水の位置を捉え
息を潜める獲物の心音を「砂中から」把握できるほどのものだ

僅か数メートル先の相手、心音はもちろん 意識を向ければ筋肉の収縮するそれすら判別できる
いわんや、棒を振りかぶる腕のきしみなどと

たとえ棒の先端が音速を超えようと、繰り出す前の予備動作が知覚できるなら
体制を整えることも出来なくはない …最も状況が好転した訳ではなかったが

自分の耳が「妙に良かった」ことを思い出したフブキが
これが相手を先んじることが出来る強力な能力であることに気づくのは
しばらく後のことであった、少なくとも今は嬲られるがままである

能力だけで絶対的な技巧の差が埋まるほど、世の中優しくないのである

一方的な戦いは、今しばらく続きそうであった




フェイントにさほど反応しなくなった

追い詰められて逆に集中できるほど、鍛錬を重ねている…というわけではないだろう
どういうわけかこちらの動きに先んじて反応している
棒ばかり見ていた先ほどに比べて視線は手先ではなく こちらの位置だけを見ている

理由はわからないが慣れるだけでは説明がつかない
これだから、こういった竜種というのは相手にするのが厄介なのだ

しかし結果は変わらない、人間の動きをトレースしているだけの彼女と
両手両足を生まれた時から扱うために育った彼との差は到底埋まるものではない

フブキの両手は元来、前肢である
1000トンを超える自重の半分を支えるための「足」だ
物を掴むという概念すら、人化した当初は難しかったと聞く


鍛えぬいたチコにとって、その槍術も体技も 稚拙の一言に尽きた

剛剣が打ち合うならいい、大盾が止めるならいい
剣は折れ飛び、盾は貫かれて持ち手ごとガラクタに変わるだろう
彼女の身につけた技は、戦い方は悪くない

そういう相手と戦うために進化したものがある ただそれだけのことだ


どうだ、チコは棒を振るいながら僅かに昂揚する
これほどの有様で、戦えるどころか圧倒しているではないか
自分の武技が、全てを上回っている筈の存在を圧倒する
自らの研鑽に不思議な快感と確かな何かを

気だるげな目を少しだけ見開いて チコ・エリデネーゼは感じていた





「どーしたッスか 腰がひけてマスよ…!」 


「テ…テメッ… コッ… コラー!!」





to be Continu …