ピクファン外伝ファイナル


そこは英傑集いし地

生者も死者区別なく

ただ奪い奪われ、永劫戦う虚構の世界

ある者は新たな旅立ちの地

ある者には今生最後の地


往くがいい我が友

安らかに眠れよ我が友


いつかどこかで また会おう







城攻戦

魔道師勢力に城をほぼ占拠された今
剣の陣営がとるべき手段は、唯一つである
城門を開き、突入し 中の兵を殺しつくす以外に勝利はない

兵法いわく「城を攻めるは下策、心を攻めるが上策」と言う

しかし今、それをするだけの時間の余裕はない
いまより3度夜が過ぎる時、この戦いは終わるのだ

ならばただ…ただ力あるのみ

号令一同、剣の切っ先となって城にその身を突き立てるべく 進撃する




この世のものとも思えぬ大魔道と戦技飛び交う主戦場
程近い剣陣本営に集結しつつある予備兵力、その第5陣に フブキの姿はあった


ヴァイスシュワルツリッター、白黒騎士団が巨大ゴーレムを撃破したのち
盟友達が所属する部隊が、最前衛に向かうという報を聞きつけ
フブキは騎士団から離れ 戦線に単身乗り込んだのである

騎士団長クロナは負傷し、前局には出られない
他の騎士達も護衛に残るとあって 共に進んでは遅すぎた
もはや一刻の猶予もないと判断し、その矮躯が誇る全力で駆けてきたのである

本来の体重にくらべれば、小石以下である人化時の体は
およそ時速80km近い速度で疾走する、別戦線から一足飛びに合流できたのは
駆逐艦級が誇る、快速のたまものであった



「さあて、嬢ちゃん、やるのかい?」

フブキが盟友達を見つけることが出来たのは
遠方からでも目立つ、この漆黒の甲冑を纏った男のおかげである

名を濁して甲冑を外さぬ黒い男をフブキは知っていた
甲冑で隠れて判らないが「城砦宿」で暮らしていた頃の
懐かしい、僧衣に身を包んだ男であるはずだ
フブキは記憶の中にあるシルエットと今の姿が異なることに違和感を覚えていたが
その力強い心紋(心音・呼吸音のパターン、個人ごとに異なる)を聞きまごうことはない

そして彼は、フブキの本来の姿を知っている



「むろん」

そういうとフブキは、愛槍を隣の青年に投げ渡した
60kgという破格の重量槍だが
チコ=エリデネーゼはさしたる苦もなく受け止める

二言三言と言葉を交わし、信も言もそれで十分


装甲甲冑を腰から外すと、服を脱ぎ
髪を解いたフブキは一糸纏わぬ姿となる
開かれた場に静かに歩き出すその姿は人々に戦場を忘れさせ
現実感無き世界を演出した

遠巻きに何が始まるのかとざわつく中 それは起きる


その身を縛る全ての枷を解き放った体に、光の線が幾重も走り輝く
彼女を中心に空間が歪み、突風が吹き荒び
恐るべき魔力の渦が、体から吹き出すと それが黒い形となって天を覆った
暴風のごとき魔の風と地鳴りのごときが収まるとそこには…

それはいかなる威容か、山と称すべきその姿は竜である
4つの足で大地を踏みしめ、岩山のごとき堅固な姿
天を突いてそそり立つは 全長118m 全重1680tの巨竜


かつて砂漠の国に記されたその名


駆逐艦級装甲竜種 ハツハルタイプ 識別名 フブキ






地震さながらの大音響を立て、暗紺色の巨体が疾駆する

なんたる有様か、100メートルを超えるそれは今、轟音を立て4つの足で「走っている」
1000トンを超えるソレは、時速60キロに達する速度で大地に恐るべき足跡を残しながら
城砦に向かい、全速をもって突撃しているのだ


攻城戦の要は城壁と門の破壊にある
それが適わぬかぎり突破はできない
ならば崩せばいい

攻城兵器がない?

あるではないか、今ここに


わが身こそが 最強にして最大の 破城槌である





第4次攻撃が終わり、死体で埋め尽くされた城門前からでも
遠目で何が起きているかよくわかるだろう

地鳴りを響かせ、大気を引き裂く大咆哮をあげながら 自らに向かって突進してくる物体が

騒然とした魔道師達が一斉に魔法弾を放つが、今更そんなものが通用するはずもない

大質量と運動エネルギーが加わった移動物体が
前方からの攻撃を弾きやすい鱗の形状と重なるや
堅固なそれ突破することかなわず、弾かれ むなしく消えるのみ

自動車が60キロで迫ってくるのとはワケが違う
城まであとわずかに迫ったそれは人知を超えた大怪獣である

足が速すぎる、対処するには遅すぎた 大魔法は間に合わない


もはや黒き破壊の矛先は すぐ目の前




狙いをつけ 全力で駆けるフブキが笑う


もう遅い 死ね 





いまやその首は「衝角(ラム)」
頑健な頭部装甲はその切っ先

フブキの背中、そこには突入要員として彼女の盟友達が乗り込こんでいた
背部装甲麟は前方の攻撃から身を守る盾のように使うことが出来る
そこから頭を出し、景色を見た者達の目に飛び込んだ光景のそれは

終末的の一言

みるみる近づいてくる、城壁


乗り付けるのではない、取り付くつもりなどない

これから起きることをを察した全員が一斉に防壁麟に隠れ
お互いの身を支えあい、絶句し、衝撃にそなえる


狙いは門ではない、壁である


「城壁」なのだ








美しく、優雅に聳え立つ

灰色城(シンデレラキャッスル)が

その日




揺れた












崩壊した城砦外周を 黒い巨体が闊歩する


砕けた城石、いまや岩の残骸となったそれが 辺り一面に広がる
衝撃で吹き飛び、弾かれた構造物が人と物といわずなぎ倒し
城の1区画を丸ごと吹き飛ばしてしまった

燃料や弾薬、薬剤が引火し 一面火の海となって全てを焦がす
城門至近の防壁 フブキが激突した区画は消滅してしまったのである



あえて門を狙わなかったのはいくつか訳がある


破壊された構造物が飛散し、周囲の兵や建造物を破壊すること

壁を崩すことで、城壁の上にいる兵を無力化すること

門の閂(かんぬき)の予備や操作施設・守衛所が門横には集中していること

門のように容易に修復できず、後続の安定した突入口となること


この4つから その着弾箇所は選ばれた


フブキは城の弱点を知っている、「城砦落とし」は初めてでは無い、それに
これこそ装甲竜本来の戦い方「野生化する前」本来の 彼女達の用途である
本能が知っている、背中に載せる砲がなかろうと問題ない

この身に砕けぬ城など、この世に銀麟の城ただ一つ
たかが石を積み上げて作った壁など、厚紙を引き裂くかの容易さだ



瓦礫を踏みしめ、砕きながら火の海の中をゆっくりと進む
夜の闇の中 炎の照り返しででゆらめく姿

こんなものに抵抗する手段など、あるのかと
その絶望的な威容を前に、魔道師達の気は折れかけていた






だが、しかし


その巨体の背から兵が降り立ち
掃討を始めようかというその時

辺りを見回していたフブキの目が捕らえたのは

瓦礫も気にせず 高台から優雅に歩いてくる


金髪に、赤いローブの 「見覚えのある杖」を掲げた女






そんなばかな こんなどうして


フブキは困惑と恐怖に総毛立つ
いるはずがない、こんな所に居るはずがと

目標は紛れも無く自分
しかもすでに恐るべき魔力が「収縮ずみ」である


だめだ、死ぬ あれは まずい

恐怖で硬直した筋肉を叱咤し、逃げようとする



そんな哀れな子竜を見逃すほど

大魔道師 エルティ=フレアロットは 寛容ではなかった













フブキが覚えていたのはそこまでだ


光が走り、その身を全周覆った巨大な炎の壁 それに炙られ
どうにか人化して炎から逃れようとしたところで、意識が失せた

背に乗せた仲間達が勇戦し、それで助かった、助けられた
みな手ひどく負傷し、どうにか助かった

あのエルティ=フレアロット相手に である

幸運と言うほか無い、あれは知人以外には無慈悲な存在なのだ
腕が飛ぼうが足が飛ぼうが、息があるだけマシな話だ




結果からいうと、勝った  らしい


この様では、何の感慨も沸かない
熱い勝利の鬨もなく
ただ目が覚めたら 全てが終わって

勝っていた

自分は野戦病院に寝かされ
周りは痛みにうめく戦士達の怨嗟の声しか聞こえない

なんともしまらない 戦いの結末である


夢、夢のようだ


それはどうも、横に座っている男も同じであるらしかった











門が開く


それぞれの世界への帰路

それは別れの時


それぞれ別れを惜しみながら
続々と光の門へ消える戦士達

皆後ろを振り返り、見送る者は手を振りながら





はじめてこの世界へきた時は一人だった
一晩、二晩越えて 仲間が増えた 今はこれだけいる
でも、これで最後

全員ではなかった、大勢が力尽きた
あの時背に乗せた仲間たちも、幾人か見つからない

帰ったのだと、思いたかった



一人、また一人と門へ消えていく

自分の番が近い










「フブキ、順番だ いくぞ」

ユキカゼがフブキを促す

別れの時である


「それじゃ、帰るとしますかね どうやら俺達は同じ世界らしい 奇遇だな」

「何が奇遇だ、何しにきたんだお前」

「それはこっちが聞きたいぜ、リムは先いったのかね」

「しらんよ、大体なんだ 知らん土地にきたとおもったら知ってる奴らばかりだ つまらん」



黒騎士がしらじらしく言うと

すれ違いざま、フブキの肩を軽く手で叩き
ユキカゼと並んで門へ歩いていく

ユキカゼと軽口を言いながら、しかし振り返りはせず
別れは済ませたといわんばかりに




「フブキ、槍を」


チコが竜麟槍を差し出す
あの時に渡してそのままだったことを
今更ながらフブキは思い出した

受け取り、手の中のそれを見つめる


この槍には思い出がある、色々な獲物を仕留めた
強者と死合った、魔法も弾いた

業物だと褒められた、これを超えるものはそうはないと
体格に優れぬ自分が、唯一誇れる一振りだ


だからこそ、こうする価値がある



フブキは槍の刃元にくくり付けてある布を解いた
腰から3本の細布を取り出すと元の位置にくくりつけ 縛る

これでよい さらばだ



「チコ」

「?」

「もっていけ」


愛槍を青年へと突き返す
それ以上の言葉はいらない


「預かるよ」

「だいじにしろ… サヨナラ」


最後は、ただそれだけ


踵を返したフブキをチコは見送る
フブキも振り返ることは無い

ただ門に消える間際



フブキの右手が拳を握り締め、天へ突き出された









「ずいぶん気に入られたものね」


思わず振り返り、手の中の槍を構える


「やめときなさいな、祭の後よ」



チコに声をかけたのは、つい先日に死闘を演じた大魔道師
エルティ=フレアロットその人であった



「何の用っスか…」

彼が緊張するもの無理はない、この金髪の女魔道師に誰も彼も散々な目に合わされた
ナナをはじめ、仲間は数人行方知れずである 友好的に接せられるはずも無い


「面白いモノ、渡されてるなと思ってね」
「それ、どういうものか判る?」

「やらないっスよ…」


即答

しかし、言葉の意味は気になった 鱗で作った槍だとは聞いていたが
おそらく貴重品なのだろう、だとしたらうれしい反面
悪いことをした気にもなる

チコが無言で続きを促すと、魔道師は薄く笑いながら答え


「商売してる身としては、興味をそそられるんだけどねぇ」

「布は何色? 何本巻いてある?」


そう問いかけた


意味深な問いに、手の中に目を落とす
槍の先に掲げられた布は、何時も灰色2本であったそこは


黒地に赤と白の線が、2本づつ入った布が 3本


それを、矛先を突きつけるように見せると
悪魔のようだった魔道師は破顔した


「あらまぁ! 本当に気に入られたものね」


「これ、何か意味があるんスか」


「ええ、判らないのも当然 彼女達の文化だし」
「それに、知ってるかどうかなんてどうでもよさそうだしね」


そうか、この槍は
ようやく気づいた、槍も布も何かのメッセージだ
餞別なんて 軽いものではないと


「あの子達にとって、自分の鱗を使った武具を渡すというのはそれなりに重大なのよ」

「それも、よりによって槍だなんて 本当に仲が良かったのね」




ああ、やっぱり





「その布の意味はね」



















さらば、我が友

















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