フブキvsバーサーカー

地下鉄襲撃


AM 2:00 春木市 冬咲町 15番街地下 地下鉄道沿線内

8両目車内




「きた、前後」


揺れる地下鉄車内
その床に自身の槍を突き立て耳を当てていた少女が呟く

 
「まあ、これだけ面子がそろって 一戦も無しはないっスね」


答えるは座席に腰掛けた長身の青年

二人の周囲、撒き散らされた あまたの血肉と緑色の残骸
その中に佇むは、契約の主従

聖戦の始まりは地下鉄の轟音を 開戦の鐘とした



互いらの欲を賭けた、戦争の始まりである





「感3 前1 後2 うるさくて他わからぬ」

「十分、同時にくるんスか?」

「…片方づづカイシャクできるほど間はない」

そう言うと少女は槍を床から抜き、踵を返して後ろの車両に向かう


「チコ、前へいけ」

「…二人いる方は任せて欲しいんスけど」

「前をマッハカイシャクできたら混ぜれ、知ってるヤツだ」

槍を握る手に力がこめ、全身に魔力が流れ始める
戦いを前に昂揚したのか、フブキの全身に光のラインが走りはじめた


「知り合い? わかるんスか」

「んむ、チコも知ってる」








赤毛だ」













目にするは黒

揺れる車内に蠢く黒

まるで煙が充満するかのように、空間を埋め尽くしたそれは

確かに旧敵のそれであるはずだ

もはや人の形すら失いつつある、黒い瘴気に包まれた「元」人間

赤毛といわれ、そして今は黒に沈んだその名は

ネアクート・アグオハム


今生偽る名は、バーサーカーである







致命的だ

現状はその一言につきた
相方と二手に分かれ
旧敵であろう相手と当たることを選んだフブキの思考は困惑に満たされる

相手の正体は判っている
自らが赤毛と呼ぶそれは確かにネアクート・アグオハム
灰色戦争で相対した魔道師
術者というにはあまりに不適なその拳の冴えを忘れることは無い

その心音・呼吸、心紋と呼ばれる人体が放つ特有のノイズパターン
それは個人ごとに異なる
たとえ呼吸が乱れていようと所詮振れ幅でしかなく
一致する固有ノイズは存在しないのだ

そして耳が受け取る情報の全てが
眼前の「黒い瘴気の塊」が赤毛であることを示している


一体何があったというのか
フブキはもはや人の形すら定かでない旧敵の姿に戦慄した

元々魔力量は天蓋のそれであり
強固な障壁として力の一端を担っていたであろうそれは
暗黒の瘴気と化して、触れる全てを冒涜している

フブキが宿した人間から見ればおぞましい魔力量ですら
今この車両に満たされたものに比べれば霞でしかない

瘴気から自らの身を守る魔力が
酷く頼りなさげに感じられるほどの有様に


有体にいうとフブキは、完全に腰が引けていた



「ザ…ザ、ザッケンナコラーッ!!」



若干といわずビビり気味のフブキが繰り出すは、刺突である


腰が引けていても破滅的な膂力(りょりょく)から放たれる槍の先端は
並の手合いであれば掠めただけで挽肉に変える一撃だ

危険な相手だからこそ、有効な一撃を打ち込む
その判断は死線を潜り抜けたがゆえに身についた強食の規定

大戦時ネアクートに有効であったのは
必殺の意思を込めた刺突ただ一つである
防壁に阻まれ、打撃は一切効果がない
それを打ち抜くは砲撃のごとき槍の先端ただ一つ


黒い瘴気を衝撃波で穿ち飛ばしながら前進した矛先

だがそれは…

闇の中から湧き出した細い腕に「捕まれた」その腕のもまた闇色

刺突が急停止した反力でバーサーカーを包む一帯の瘴気が吹き飛ばされる

城壁すら穿つ、竜麟槍の槍撃を右手で掴んだ全身闇色の女性
紛れもなくネアクート・アグオハムの塗りつぶされたシルエット


それにしてもなんたる力か

フブキの膂力は装甲竜として標準的であるとはいえ
50000hp 5万馬力である

人型ではその全力を行使することは叶わぬといえども
今先立って行使された刺突の内包運動エネルギーは
この車両をゆうに爆砕することが可能な領域に達していたのだ

それを「片手」である

しかも…つかまれた竜麟槍を押し込もうにも拮抗しているではないか

思いもかけぬ先手の結果にフブキは冷静さを失う
元々恐慌気味であった思考が堰を切ったように危険を告げ
もはや人型に合わせて、力をセーブすることすら忘れ
その矮躯の力の源、生命エネルギーと血と魔力を練る炉心
原子炉もかくやに匹敵するエンジン(心臓)が
血液と共にエネルギーと魔力を全身の筋肉に注ぎ込む


「イヤーッ!! イヤーッ!! イヤヤァァァァァァーッ!!」

「オオオオオオオオオオオオッッッ!!」


互いの咆哮が破壊され歪みはじめた車両の中に響く

フブキの目じりに雫が滲んだ瞳と
バーサーカーの黒に染まった視線が交差がする中


ついに均衡は崩れた

押し切ったのはフブキである

筋繊維が断裂するも構わず搾り出した5万馬力の底力は

果たしてバーサーカーに打ち勝った

お互い重力と力場制御で支えていた車両の床が
おぞましい力に耐えられず歪ませられ陥没させながら
一歩、二歩とバーサーカーを押し込む

たまらず開いた片手で槍柄を握り締め力の限り支えるも
バーサーカーとして補正された力とて、支えられる限界を超えたのだ

後退を余儀なくされるバーサーカー、その背には車両間通路である

もしバーサーカー、ネアクートに思考する力が残されていれば
この単純な力くらべに付き合わず
掴んだ槍を一気に引いて18番の肘鉄をフブキの急所に入れていた筈である

フブキが力を入れれば入れるほどダメージが大きくなる
そのカウンターが発動していれば
いかな堅固な装甲竜の装甲麟とて
まして人型になって防御力の下がったそれなど貫徹して心臓を抉るだろう

5万馬力もの力がそっくりそのまま返ってきては
そもそも装甲のさほど厚くないフブキの胸甲部が耐えられる道理はない


バーサーカーバーサーカーであるがゆえに
フブキは命を繋いだとも言えた



そんな状況を考察する余裕のないフブキだが
押し込み続ける目的はあった

車両間通路は地下鉄が曲がるために接合部の床は…
スライド式の薄い鉄板だ

いかにバーサーカーが床を抜かないように力場を維持しているとはいえ
もはや維持限界を超えつつあるのは破壊しつくされ
今にも抜けそうな車両の床が証明している


そう…フブキは「自重制御」でバーサーカーは「力場制御」である

事あるとき、自重制御の応用で反力を打ち消せるのだ


ジリジリと押し込まれ
狂化したネアクートの下がった右足が接合部に打ち付けられる


破砕音と共に砕かれるスライド、そして体制が崩れるバーサーカー

衝撃音ともに急激にバーサーカーの体が沈み

その瞬間フブキの手元が捻られると

ついにネアクートのその手から槍が解き放たれる


ここだ


たたらを踏んで、つられて崩れようとする自分の体を持ち直したフブキ
込めた力分、前に逃げようとする体を反制御で減速させる

からくも姿勢は整った、あとは撃つのみ

一瞬の隙を逃さず槍を引き戻すその「戻し」の速度は
相棒の技の冴えによく似ていた

これはリロード(装填)である

引き戻される勢いにまかせて逆手に持ち替え
上段から突き落とす体性に切り替えたそれは

砲弾を込められた大砲にも 引き絞られた弓矢のそれをも幻視させた

勝機を信じて放たれようとする、必殺の一撃

バーサーカーはついに太もも近くまで足が
破砕した車両の構造に埋まり逃れるには…あと数瞬




そう、数瞬あれば…十分!!



「死ね!! コッラーァァァ!!」



恐慌を振り払うかのような咆哮と共に

全力の打ち込みのための踏み込みが繰り出される











すでにズタズタの床に




「ア、アイエエエェーッ!?」



見事に床をぶちいたフブキの足が
車両連結器を支える基幹構造を完全に踏み抜いた





轟音を立てて切り離される車両の破断面に
どうにかしがみつくフブキの目に

しだいに離れていく後部車両の破断面に足をかけ

放つ瘴気を風に流しながら





こちらを見つめるバーサーカーの姿があった