ピクファン5 銀鱗亭の4コマ

戦いの風が変わった、誰が言うとも無しに それを感じとる


あらゆる勢力が激突し、すべての兵が一つの目的に向けて武器を振り上げ駆け抜ける

それは一つの歴史に終止符を打つ 時代の鐘 夜明けを望む人々の咆哮

誰もが終わりを感じていた、この夜を超えればと 誰もが

誰も彼も、そして





ファングヘイムを包む状況は混迷を深めつつある

ボーダウォール騎士団がこれぞ最後よとばかりに踊りこみ
オルケストラがこれを迎え撃つどころか逆撃に転じるという荒業によって
前線は乱戦の様相である

剣林弾雨の前線に兵達は次々と倒れ、生きた屍と死んだ屍のみが戦場を支配した
両陣営はすり減らす人間の数を競うように兵を送り込む
屠殺場と化した前線はさながら地獄の一幕
終わりを求めて 生き残れることを祈って彼らは戦い続ける



その地獄に、今まさに送り込まれようと派遣される トライガルド軍所属 ザコーネ騎士団
戦いに向けて歩みを進める彼らであったが 突然の停止を余儀なくされる
騎士団長 ザコーネリーダーは、眼前に広がる光景を前に立ち尽くすしかなかった


これまで歩いてきた街道は 彼のつま先からなくなっていたのだ



ファングヘイムに向けての街道は大きなものは三叉路であるが
一本のみではそれは民路としても軍路としても機能しない
道路は国家の血管であり血脈である、大型のものを基幹として複数用意される

問題は彼らが進むそのうちの一本が
巨大なクレーターと化し 道沿いに進むことが困難であることだ

一体何が どんな破滅的な行為がここで行われたというのか
数十メートルにわたる巨大な破腔が石畳で舗装された道を地面ごと吹き飛ばし
吹き飛んだ土くれがそこらじゅうをうめつくし 終末的な様相である

街道がつかえなければ輸送のための馬車や輜重は移動が困難である
ただでさえ丘陵が多く、山岳に近いこのエリアでは
人の手の入っていない場所を推し進めるのは難しい

あげくヘタなところを進もうものなら 待ち伏せはもちろん野生動物の襲撃も頻発する
ドラゴンに出くわそうものなら死傷者も覚悟せねばならないのだ


ザコーネリーダーが、幕僚と進軍について意見を聞こうとした その時


遠い深遠の向こう はるかな丘陵の先で何かが光った


暗闇の中で太陽が顔を出したがごとく、その光は一瞬であったが 輝きに輝いた
それが何らかの発射炎、砲撃であったことは 続く遠雷のような轟音で明白である

即座に散開する騎士団、これまで生き残った兵だ 錬度は並大抵ではない
指示などなくても心得ている だが…

この惨状を作った奴からの砲撃ではないのか という恐怖が一軍を支配する

直射(砲身水平発射) ではなかったのか 着弾まで時間があったことが彼らの心をより蝕む




そして   何かが落ちてきた
















「…う、うう こ、こんな…」

その身を半分以上土くれに覆われ、というよりも埋まってしまったザコーネリーダーが
動ける部下に救い出されながら唸る、あまりの光景に

この世の終わりではないかという 破滅的な衝撃波は
伏せてさえいた彼らをすべて吹き飛ばし
虚空を身ひとつで舞わせた、人も武器も馬車も獣も 一切の区別なく

着弾点と思しき場所は完全に地形が変わり 街道の変わり果てた姿さながらの状態である
「砲弾らしき何かが」落着したのは、武器弾薬食料を積み込んだ輸送荷馬車列のやや近く

直撃ではない、幸いそれたのか当たりはしなかった

だがそれだけだ、吹き飛ばれた土が、舐めるように彼らに襲いかかった衝撃波が
馬車も物資も全部もっていってしまった 人もだ

頑丈な鎧のおかげか、飛散した残骸が直撃しても息があるものが多いが
衝撃で粉々になった馬車の残骸に巻き込まれ
命を落とした者や 吹き飛ばされた衝撃で死んだ者もいる
いかにそれたとはいえ、もたらした被害の大きさは目を覆わんばかりだ

しかもまだ「何をされたか」すら判っていない


「発射地点はどこだ!! 何がいる 何をされた!!」
「探せ!! 夜間遠視鏡を誰か!! 動ける斥候はいないか!!?」

「くそぉ!! こんな…装甲馬車まであんなに吹っ飛ばすなんて どんな砲弾だ…」

怒号と悲鳴が奏でられる中、どうにか体制を立て直していく

すでに暗視可能な魔法望遠鏡を覗き込んでいた団員達が
発射炎が見えた場所をくまなく走査し、ついに


「だ、団長」

「みつけたか!」


彼がガチガチと歯を鳴らし、覗き込んだ遠視鏡を握り締め 捕らえた先には

自らが放熱し くゆらせる白い霞に覆われた 黒い巨体が闇に浮かび上がっている

それはあまりに大きすぎ、距離と大きさの差に実感がもてない 大きさが理解できない


「そ、装甲竜が…」

「ハァ?!」


「馬鹿でかい装甲竜の 背中に…あれは…」

「推定距離…約20km地点!! 超大型装甲竜 数1 背部に巨大砲!! 砲をつんでます あいつは!!」



信じられない巨大な竜が、空前の巨砲を背中に乗せている
いかな歴戦の傭兵団といえどあれほどのものを相手にしたことはない

そもそも大型の装甲竜など、ザイランスの砂漠にしか残っていない筈ではないか
一目で理解できるあれが、これまで出くわしたものが相手にならないサイズであることが

あれほど離れていては、接近するための道がなくては 何も出来はしない

恐慌に近い感情が多くを支配する、一方的に撃たれるというのは 人の心を容易く折る


「!! 砲が動きます! こ、こっちをむいて!!」


砲弾を込めるべく伏せていたであろう砲身が再び持ち上がり
あきらかに自分達に砲口が向いたことを見たとき
ついに彼らの士気と規律は崩れた、今できることは あの悪魔のあぎとからいかに逃れるか

撤退の鐘は鳴らされた、乾いた金属の響く音に続けて 再び遠雷の轟音が大気を揺らす


ザコーネリーダーは撤退しながらも供回りに指示を飛ばす

「本隊に伝令を! いそげ!」




次の言葉は 大地をえぐる衝撃と暴風にかき消された









「ワレ 街道進路上ニテ 砲撃ヲ受ク 山岳街道ハ敵ノ砲撃ニヨリ消滅 進軍不能
「敵ハ大型装甲竜 数1 背部ニ大型砲ヲ搭載 遠距離ヨリ砲撃 支援無キ進軍ハ不可能」


「砲撃を受け、死傷者多数! 輜重隊は半数以上が移動不能! 救援を!」


「あいつをどうにかしてくれ!! 道という道が、全部吹き飛ばされちまう!!」



次々と入る知らせを聞いた、傭兵団司令部は騒然とした
決戦地ではボーダウォールの突撃を受け、砲撃射程内に捉えられつつあるというに
予備兵力はもちろん、武器弾薬を送る術すら 断たれようとしている

「こいつは…まいったことになったな 補給を断たれちゃ勝負にならん」

ロデリックは本陣の天幕で呟く、なにより戦争に浸かって来た身だ
この状態が続けばどうなるか重々理解している、どんな結末が待つか言うまでもない

しかも偵察に出向いた飛竜は、何者かの攻撃を受けてほぼ未帰還であり
砲撃している存在が、大型装甲竜であることと
黒い巨体を捉えた不鮮明な映像しか得られない


「ロデリック様、いかがいたしましょう」

「どうもこうも、最低でも夜が明けんことには 近づけもせんだろうよ」
「こいつの大砲は1門しかない、装填に時間もかかる 対処は可能さ」
「飛竜をブチ落としてるのは護衛か何かだろうが、これも一匹しかいない」

「はっ しかしながら…」

「そうだ、俺たちには時間がない ガルガディアは確かに追い詰めつつある」
「だがこちらも限界ギリギリだ、飢えたままの兵では勝てんよ」
「ボーダウォールはオルケスラが受け持っているが、突破されるのも時間の問題だ」
「だが待つしかない、兵は一旦下げろ、夜明けを待って一斉飽和攻撃を仕掛ける」

そう告げつつ、部下を下げさせると
件の砲撃竜の推定位置を書き込んだ地図に目を落とす


報告から推測されたエリアは明らかに推移している、移動しているのだ この闇の中を
そして視界0といって良い状態で、正確に目標を破壊している

そう正確 正確にだ、あろうことか軍に「直撃させてない」奴の目的は軍の無力化にあるのだ

よほどの砲撃手と観測員が指揮をとっていることは間違いないが
それにしてもこの行為は常軌を逸している



「くそ この闇さえなければな… 奴は何故見えている」








「潜砂竜だと?」


ザイランス本陣の天幕で報告を受けたライネイス=ハンは目を剥いた

現在進行形で自軍のみならずトライガルド軍にも
目を覆わんばかりの被害をもたらしている存在が
かつて銀海で沈めた装甲竜(ザイランスでは潜砂竜)であると察したからだ


「王、この竜は何故か故意に軍に直撃させていません、これはまさか…」

「銀鱗亭だ、あの雌竜めが またしても我の邪魔をするか…」


そう文字通り邪魔なのだ、しかも銀鱗亭は中立をこれまで名乗りながら
今回、ほぼガルガディアに組しているといってよい配置であり

あげく城塞宿からは戦闘員が多数出撃し、敵味方を問わず甚大な被害をもたらしている
かつ砲撃は戦場の特性上もあるとはいえ、ガルガディア軍には向けられていない


「王、斥候が確認しました 間違いありません、銀海に没した筈のモガミ級」
「特徴からして恐らくモガミかスズヤでしょう、やはり巡洋艦級です」
「背部に巨大な砲を1門背負っており、発射速度は毎時六発、これまでとは比較にならない脅威です」

「当然だ、シャルヴィルトの声明を見ただろう」
「奴らはやる気だ、これまでのような防衛戦闘ではない、自発的戦闘行為だ」

マルズークの報告にラザンが答える、憎憎しげに


「夜戦は避けよ、直援は一騎とあるが 連発銃で飛竜を落とす輩だ」
「夜戦で飽和させても陸兵が間に合わん、夜明けを待って一斉に騎兵と飛竜で攻め立てる」
「かならず沈めろ、城塞宿に退かせるな」

「心得てございます」


「しかし王、このままではカリンディが再び孤立します」

「援兵は少数を迂回路を使って強行させろ、だが気取られるな すぐさま砲撃が飛んでくる」
「カリンディには兵を宥めさせ、耐えさせよ ガルガディアも限界が近い」



幕僚が退出し、一人になった王はひとりごちる

「人の姿を真似ても所詮 竜は竜か、中立の言葉の意味もわからぬか、シャルヴィルト」











「次ー!! 目標ファングヘイム西第八街道、道飛ばすぞー!! 弾種榴弾!!」

装甲竜モガミの背部、戦闘艦の艦上と化したその場所で行われている行為は
脅威の一言に尽きた

ルーナ=フェブリスの叫びに答え、砲弾の転送が行われる
レールの真上に落着した人間のそれを遥かに上回る巨大な砲弾を
セルセティア=ジェンマことセティが
小さな体から想像もできぬ力で全長4メートル、9トンを超える大砲弾を薬室に蹴り込む

「装ー填ー!!」

「よっし いくよ! けーいほー!!」

装填完了の報告がセティから上がる
そして巡洋竜モガミの艦長に納まるミロニ=アトゥメテンが警報スイッチを押し 鐘が鳴り響く中

はるか昔に忘れ去られ、城塞宿メイムナーの奥底に封印された 旧世界の遺物

砲身長50メートルの巨大兵器 100cm砲「ジェリコの角笛」が持ち上がる

「射距離32600 風東に7 モガミ 砲仰角52」

「ワッショイ」

天を睨む角度で持ち上がった砲を支えるモガミは既に四肢を踏ん張り
衝撃に備える構えだ、同時に爆風避けに全員が身を隠す

「ヒジリ・シマシマの退避確認ー」

「全員準備よし!!」

「カウントー!! 3−! 2ー! 1ー! てっー!!」




轟音と爆風 灼熱の発砲炎を吹き上げながら
鋼鉄の砲弾が爆薬の力に押し出され、天に向けて駆け上がる

両軍を押し留めた、破壊の力こそ この100cm砲であった



「くあー…きっくー… 防護魔法かかっててもこれだもんなぁ」

「いよーっしゃあ!! 次いくぞ次ー!!」

「ひー、流石に重たいっていうよりでっかいよこの弾ー!!」


「ミロニの奴ハイになりすぎでしょ まったく そろそろ夜明けだ こんだけ派手にやったんだ」
「両軍とも大挙して襲いかかって来るぞ、ヒジリ そろそろ上に上がってくれ」

「それはいいですけど、下がシマシマだけになるのは これからこそまずいんじゃ?」

「いや、下はけん制してもらうだけでいいんだ、これからモガミに派手に駆けてもらうしな」
「この巨体だ、取り付つくのも楽じゃない、それより空から襲われたらおしまいだ」
「対空警戒こそ大事さ、どうあっても逃げられないからな」

「ん、了解  シマシマ、下をお願い」

重厚な装備を身に纏った竜らしき存在は身を揺らすことでヒジリに答えた




ルーナは白んできた地平線を睨みながら呟く

「見逃してはくれんよなぁ…やっぱ」




彼女の魔眼が捉えた先には、集結しつつある軍団があった