フブキvsネアクート戦

二つの手のひらの合わさる地で
二つ勢力、ひとつの城 それを奪い合うがため

門は開かれた



赤い髪 ネアクート・アグオハム

それが槍が魔道障壁を叩く、快音響く戦陣の只中にいる魔術師の名だ

魔法が使えない魔術師という異色の戦士たる彼女が相対する
小柄な槍戦士を前に彼女の心中は、その派手な打ち合いに反して平坦そのものだ

すでに幾人もの騎士を刈り取った彼女の思考と技巧は眼前の敵を圧倒している
それもそのはず、魔法が使えない自身には そのデメリットを上回る
強力な魔力障壁が全ての攻撃を打ち消し、受け止め 時に相手を殺す


全身を覆い、さらに周囲を包む 2層に分かれた防壁の外壁すら
敵たる騎士、槍戦士の一撃は削り取ることすら適わない
対してこちらの手刀は時折相手を捕らえ、その僅かに覗いた肌に浅い傷を入れていく

小柄な見た目に反して力はあるようで、暴風のように振るわれる槍が風を切り
横なぎにネアクートの右脇腹を捕らえるが、これも防壁に弾かれ 反力が槍騎士の体制を崩す


稚拙な槍さばきだ、槍を力任せに振り回すだけでこれなら棒きれと変わりない
棒というなら、つい先日戦った チコと名乗った半裸の変な棒使いの方が
1と言わず数段は上の棒さばきだ、先端の矛先を生かせないなら槍術とは言わない

魔術師とて護身の体術を持たぬわけではない
それも彼女のような特異な魔術師なら尚更


未だ重心が後ろに逃げ、満足に体を起こすことができない少女の槍の切っ先は 天を向いたまま

その隙を逃す手はない、鋭くしなった右手刀が貫き手と化して槍騎士の腹を襲う
とっさに手の内で回転させた槍の柄がそれを右手甲を打ち阻むが、本命は肘だ
柄に打たれるがまま、瞬間腕を曲げ 踏み込みとともに鋭い呼吸音を残して突進

右肘が鋼板を穿ったかのような重い残響を残して 少女の体が吹き飛ぶ
人体の急所たる人中を捉えた必殺に等しい打撃
事実それは、本来なら板金鎧を陥没させてあまりある一撃だ
魔力障壁をインパクトの瞬間集中させるそれは、一撃で鎧を貫き内臓をミキサーする


だというのに 吹き飛んだ少女は飛ばされるがまま地面に踵を打ちつけ抉りながら停止した
すぐさま槍を構えて逆撃の体制に持ち直す、それが到底人間の耐久力であろうはずもない
彼女の左右即頭部から伸びた赤い角 そして縦に切れた瞳孔が
少女が亜人、それもおそらく竜などの位階の高い爬虫類系の証だ

だがさしもの彼女も、人化している以上は構造は人間のそれを模している
急所に入った一撃は無効とはいかず、表情が変化せずとも呼吸が崩れる


畳みかける好機

ネアクートの脳裏に勝利が見えた、10メートルはゆうに離れた距離を
一足飛びに詰める、全身に魔力がみなぎり 止めの一撃を見舞うために突進する

腰だめに構えた抜き手が今度こそ彼女の肉を穿つべく渾身の力が込められた
いかに頑健な肉体であろうと、これに抗する術はない

残り距離およそ2メートル コンマ数秒後に抜き手は彼女の急所を貫く
左手が腰から離れ腕が伸び始めた瞬間、ネアクートと少女の目が交差する



顔の真横を黒光が通った



ネアクートが感じたのはそれだけだ

髪が盛大に巻き込まれ、自分の赤い頭髪が飛散して宙を舞う


斜めに交差、というよりは互いに弾きあったともいうべき両者の位置が
激突前とそっくり斜めとなって入れ替わっていた、赤毛の少女の体がグラつく
左頬が横一文字に薄く切られ、半身が弾きあった衝撃と重なって意識が歪んだ


突きだ

槍を無造作に振るうことしかしてこなかった、未熟な筈の槍騎士が放った一撃は
ネアクートの顔面を正確にぶち抜くべく放たれた まぎれもない槍の先端だ

ふらつきながら体を持ち直した所に
即座に反転してきた少女の槍がネアクートに襲いかかる

全て突き 恐るべき速度と切り返しで一呼吸に4発である

魔力障壁がその全てを遮るかと思われた瞬間、4発中3発が防御を抜け
かろうじて構えていたネアクートの両腕に払われた

もはやそこに、先ほどまでの稚拙な棒切れを振り回す姿はない
弾かれた先から、その反動を幸いに半月状の円を描いて
蛇のように襲いかかる黒光りする槍の先端がネアクートの身体を障壁ごと叩く
その先端は音速を超過し、空気の渦を纏うかのように錯覚するほどだ

突如として致死の槍を振るい始めた少女の、そのむすっと憮然とした薄い表情が
失敗したと、そうである以上は加減の必要はないと物語っていた




…謀られた


思わず唇を噛む

先ほどから致命傷を狙った一撃は全て「突き」

横薙ぎの打撃は体制を正確に崩すための布石に置き換わり
いつのまにか連続して踏み込む突きに槍の瀑布はシフトしていた

その光景を前に、ネアクートは 自分が完全にハメられていたことを悟った


見られていたんだ ネアクートは毒づく

自分の障壁が強く鋭い貫通攻撃に弱いことを把握されている
序盤の打撃技は全てこちらを油断させるための罠
誰か、おそらく半裸の人とやりあった時 一部始終を観察されていたのだ
対策を立て、こちらを誘い 一対一で戦える場所で仕掛けてきた

見た目に反して、なんて狡猾な

あの一撃で彼女は勝負を決める筈だった
失敗したがゆえに、今全力を持って殺しにきている

リーチの差で一度勢いをつけられると主導権を取り返せない
あちらの獲物は推定2メートル、比較的短い槍とはいえ 素手とのリーチは冠絶して余りある
懐に飛び込まねば勝機はない それを許さないのは動きの変わった槍の軌跡だ

黒光が鈍い光の線を描き、赤い柄がコマのように旋回し 打ち下ろされる


ネアクートか鋭く伸びる死棘を打ち払い、時に体の表面を削られながら流れを観察する
冷静に物を見つめる術は、魔術師にとって必須のスキルだ 

対する少女は、表情の変化は薄いが不満げな感情がわかりやすい 故に勝機はある

幸い、致死はあの先端、黒光りする矛先だけであり 打撃は障壁で変わらず防げる

息もつかせぬ連撃は、無秩序のようで一定のリズムを保っていた
「突き」は「払い」に対して3と1 突きは特に一定のテンポで放たれる
1.1.2.1の極めて静謐なリズムだ 急所を狙うのは最後の一回を除いて全てである


冷静に、冷静に 槍の瀑布を受けながら ネアクートは槍の隙間を探し始めた





赤毛に槍を打ち込みながら、槍騎士の少女 フブキは内心唸り声を上げる

危険な敵だった、信じがたい魔力量とそれに任せた防壁で物理的な打撃をものともしない
そのただならぬ存在感に後を付け、対策を立てて必殺を狙ったのだ

想像だにせぬ強度の障壁が、必殺をこめた顔面への一撃を逸らした
障壁にすべるように矛先が反れ浅く頬を削り取っただけだ

そして今、本気で打ち込む槍をいなされ続けている
攻守は前半と入れ替わっているが膠着していることに変わりない


突きだけを正確に防ぎ、払いは全く考慮にいれてない相手の冷静さに苛立ちが募る
払いは牽制ではなく自分の体制を障壁の反力を使って入れ替えるための技巧には違いないが
体制を突き崩せなければ致命打もいれられない

なによりやっかいなのは赤毛の体の表面に張られた強固な障壁だ
フルプレートの装甲鎧も衝撃で叩き割る筈のフブキの槍は全てそれに防がれ、逸らされている

打撃で殺せそうに無いことを改めて認識するが故の 「突き」へのシフト
人化の師とも言えるユキカゼに仕込まれた、二本足で戦うための技巧の全てをかけて
眼前の強敵を突き殺す、必殺の意思を込めてフブキはさらに押し込む

全身の肉に血と魔力が循環し 繰り出す打撃は視認困難な領域に達していた 


それでも見られている、それを確かに感じた
打ち込みを変調させても視線が確かに、こちらの手の内を探ってきている

危険すぎる、この場で殺さなくては 後が怖い相手だ

あの段違いの魔力が宿った手刀に晒されては
人間の皮膚に変質させている自分の装甲麟が耐えられる保障はない

もとより物理打撃には強くても魔法とか そういうものには絶えられないのだ

体力も身体能力も自分が優越している、押し込み 殺す 勝つのだ

その意思を込めて








「スッゾコラー!! シネッコラー!! 赤毛ッコラー!!」



相手に威圧感を与えると教わった人間語で咆哮した




to be Continu …